シャンパーニュ・ボワゼル

名誉会長

子供時代

エペルネー生まれ、ワインセラーの上階に建てられた家族代々の家で育つ

家族構成

子供3人と孫8人

影響

10代から現在に至るまで、読書と、人との出会いが私を豊かにし、多くの人や物事を発見させてくれました。私は、ランスの地理と歴史を熱心に学びました。また、ルーブルで美術史と考古学、それから美術館学も学びました。私はその当時開拓すべき新しい分野だった、メロヴィング朝の考古学を専門にすることを決めていたのです! シャンパーニュ地方に戻ってから、私は具体的な世界に飛び込みました。シャンパーニュに関する経験も特別な学習も受けていませんでしたから、エンジニアである夫のクリストフと一緒に、私たちは多くのことがらを友人や同業者、葡萄栽培農家から学びましたが、それだけではなく、多くの本を読み、それを日々実践に移していきました。責任がある仕事についていましたから、私は自分の殻を破り、自らを晒さなければなりませんでした。そのようにして、感受性、好奇心、そして時には迷いさえもが利点として働き、無視できない要素であると気がついたのです。それは多くの状況について言えることでしたが、特に、ミレジムを作り上げる際に当てはまりました。ここでは何もかもが自分が思い込んでいたこととは異なり、挑戦しなければならないことはいくつもありました。観察し、他の人達の言うことに耳を傾け、日々学び、長期的な視点で考えることが必要です。それは、私たちのメゾンと私たちのアペラシオンの将来について、変化が起こってから対応するのではなく、前もって将来を見つめて行動していくことが不可欠だからです。メゾンを一般に公開することは、息子たちと長い間かけて考えてきた結果のプロジェクトでした。それは、私たちのメゾンを訪れた人たちが、ともに本物の体験と喜びの時を分かち合ってほしいと願ってのことでした。


経歴

私はこの職業以外の仕事に就いたことがありません。というのも私は、パリで学生をしていた時に、夫とともに家族のメゾンを引き継ぐことを決めたからです。ちょうど、父が急に亡くなり、兄のエリックはその3 年前からすでに大病を患っていました。私は23歳でした。この決定は容易ではありませんでしたが、私はすぐに、父は私に、開かれた精神と、多様な価値を認めることを伝えてくれていたと気が付きました。このことが、困難な時期にも私を支えてくれました。何ヶ月も、何年もかけ、私は多くのことを学びました。自分自身についてもです。気が付いたことがありました。それは、自分が身も心もシャンパーニュ地方に捧げていて、シャンパーニュというこの飲み物に大いなる情熱を抱いているということでした。私が経営していたのは小さな組織だったので、同時にいくつもの職業を掛け持ちするような、多才な役割を求められました。そして、絶えず自分を発展させ、様々な業種の人々と出会い、多くの旅をすることにもなりました。もちろんこれは楽しいことばかりではなく、時には重い責任を担うことにもなりました。そして、夫とこの仕事を分かち合っていたとはいえ、孤独感に苛まれることもなかったとはいえません。

 

フランスでは、私はダイレクトマーケティングに興味を持ち、1988年に、通販サービスを始めました。これは、 1997年に初めて私たちの販売サイトを開いてからさらに多様な販売経路を開くことになりました。このことによりフランス人の顧客の皆さまととても強い絆を築くことが可能になったのです。

 

息子のフロランとリオネルが2010年からこの事業に加わりました。この 10年スタッフとしてともに仕事をしたあと、私は、誇りと感動をもって、彼らに経営を引き継ぐことができました。 

小さい企業で多くの役職についていたことにより、私は、自分の経歴を通じて、多種多様な分野に興味を持つことができました。そして、何かを手がけるとすぐに何もかもが情熱的に思えるまでになったのです。葡萄のおかげで、私は、自然や土地、自然の近くで生きる欲求を叶えることができました。そして、長期的な視点で新しい問題について思索することにもなりました。アッサンブラージュという作業により、私は毎年、常に更新される感動とともに、親密で、厳格で、それでいながら心おどる時を生きることができたのです。顧客の方々のおかげで、私は、シャンパーニュにおける自らの経験と情熱を他の国々にも伝える機会を得ました。


「オルドル・デ・コトー」や、特に「アルシコンフレリー・サン・ヴァンサン」のような複数のアソシエーションに携わったことで、私は多くの豊かな学びを得ました。そして、シャンパーニュというこの宝を強固にする礎を一つもたらすことができたのです。それは、シャンパーニュのAOC です。また、「La Transmission- シャンパーニュの女性たち」というこのアソシエーションの創設は、私にとっては、長い間ずっと感じていた不足を補ってくれるものでした。メンバーの持っている多様性、絆、長期的な思考を重ねようとする意思、シャンパーニュの世界に対する強いかかわりは、経営的な部分や個人的な商業の意図とは関わりのないところで自由な空間を作り、クリエイティヴィティを解放してくれるのです。

シャンパーニュとシャンパーニュ地方に対する私のヴィジョン

私はシャンパーニュに特有な資質からインスピレーションを受けています。まず、その起源である、どちらかというと豊かとは言えないテロワールと気候、そして、その土地が結びついている地域の特色と歴史からです。私たちの地域は素晴らしいと同時に悲劇的な歴史を生きてきました。物と文化が行き交う場所であった中世時代のシャンパーニュの見本市から第一次大戦まで。これもまた、最初は単なる職人であった私たちの先祖が、 1834年にシャンパーニュという偉大なる冒険に乗り出したことから始まる歴史なのです。それは、シャンパーニュを作り、アペラシオン制度を築き上げ、職業組織を作り、例外的な発展と、時にはその生き残りを可能にしてきた人々のダイナミックなエネルギーであり、創造性であり、レジリアンスであり、絆です。というのも、シャンパーニュは、多くの偉大なワインと同じように、これらを作り上げた女性や男性たちなしには存在しないからであり、常により優れた品質を目指して前に進んできた人々の体験、観察、新しい挑戦があって初めて可能になったからです。  

私にインスピレーションを与えるのは、この、葡萄畑やワイン貯蔵室における、職人的な、厳格な、地道な作業により成り立つ部分、そして綿密なアッサンブラージュを通して私たちのヴァン・クレール(アッサンブラージュ前のワイン)を崇高なものにする錬金術的な部分です。クリエイティブな直感の声を聞くことを学ばなければなりません。シャンパーニュは、強い個性を持ちながら、同時に繊細で、時には空気のように軽々とした風情もたたえているのです。シャンパーニュという言葉を聞くと私たちの目は輝きます。喜びの時を分かち合うことで私たちはつながっているのです。

シャンパーニュ地方とシャンパーニュは私に多くのことをもたらしてくれました。そして、「La Transmission –  シャンパーニュの女性たち」というこのアソシエーションを通して、私は、自らが受け取ったものを手渡し、他の女性たちにも、この職業での場所を見つけられるように勇気づけてゆきたく思っています。

シャンパーニュの女性たちに関する彼女のヴィジョンについてさらに知る

ワイン・チャレンジ・ポッドキャストでアレクサンドラとのトークをお聞きください。